日教組がなぜいけないのか 


「日教組の何がいけないの?」
1.授業で政治活動すること
 元来、日本社会党は、 西側(イギリス、アメリカ、フランス等)の範囲内で労働者の権利を増大して福祉を充実させようとする右派と、 西側でいることをやめて東側(ソビエト、中国、北朝鮮等)の一員となることを目標に掲げる左派 が存在していて、日教組は左派を支持していました。 今から振り返ってみるとは社会党左派のいう通りにしていたら、日本がどんな風になってたか想像しただけでゾッとしますが、それは今はおいときます。 日本には思想の自由があるし、別に日教組の組合員自身が北朝鮮を地上の楽園と信じていようが個人の勝手です。そのことをとがめるつもりはありません。 問題は、何も分からない子供たちに西側(もちろん日本含む)=悪魔の国、東側=素晴らしい国と教え込んだことです。 教員自身がどんな信条を持とうが個人の自由ですが、それを子供に押し付けることは絶対にしてはならない行為です。 日本=戦争が大好きで残虐な悪魔の国ということを小さいときに繰り返し吹き込まれたせいで大人になってもその思い込みから抜け出せない人は日本にかなり存在すると思います。 日教組は小学校で「教育基本法改正反対」のチラシを配ったそうですね。 小学校で。 それを見た小学生はどう思うんでしょうね? 読書感想文で原稿用紙3枚を埋めるのにさえ苦労する小学生が。 教育基本法に反対するのは結構なことだと思います。しかし、小学生を巻き込んだり、子供に特定の政党を支持することを強要するような行為が許させるわけ無いでしょう。
2.教師同士の不信を生徒に見せること
 日教組をはじめとするある種の労働組合は、雇用者を「敵」とみなします。 「私たち労働者は、雇用者の横暴によって生活が苦しいままだ!」という感じの。 この場合、日教組の「敵」は校長や文部科学省です。 そして、日教組に入らない教師も「敵」とみなされます。 また、日教組の先生は、概して「優しい」先生が多いです。 「優しい」ことは結構です。 結構なんですが、世の中には「厳しい」先生もいるわけです。 生活指導なんかやってる。(日教組の先生は生活指導あまりやりません) そして、厳しい先生は、厳しい先生なりの信念があるのでしょう。 「甘やかすだけでは立派な人間になれない」という信念が。 それもまた結構なんですが、そういう厳しい先生と優しい先生の関係っていうのが、非常に重要なんです。 優しい先生が「またあの厳しい先生、ガミガミ言いやがって、嫌な先生だよなー」と生徒に言われたときに、「そんなこと言ってはダメ。あの先生は君の事を思ってうるさく言ってくれてるんだから」 と言ってあげることができれば、何も問題ありません。 しかし、日教組の先生は厳しい先生を「国家権力の走狗」とみなしているので、「そうだよねー嫌な教師だよねー」などといいます。 その一言がどれだけ生徒の先生に対する不信感を募らせる原因になるのか分かっていますか? たとえいじめを受けても、そんな内部対立しているような教師陣に相談する気になれますか? 日教組が三割しか組織率がないから無害だなんてむちゃくちゃ言う人がいますが、そういう問題じゃないんです。 たとえ学校に一人だけでも、そういう異分子がいれば教育ってのは簡単に崩壊するんです。
3.結果の平等を求めること
 日教組の先生は、すべての子達は素晴らしい、すべての子は平等でなければらない、という信念があります。 それはそれで、これまた結構なんですが、現実みれば、みんな平等なんてありえないことが分かるでしょう。 現実に勉強できる人間とできない人間がいるのをみて、日教組がとった行動は、恐怖の「全員できないやつに無理やり合わせさせる」ということ。 進路指導で勉強できる生徒もできない生徒も無理矢理一番近くの高校に送り込んだり、 教育委員会に圧力かけて、高校間格差を無理矢理なくさせたりしたんです。 その結果、日教組の強い地域(広島、東京、京都など)の公教育は一様にダメになり、「いい大学いくには私立にいかなきゃ難しい」とか訳の分からん状態になってしまったんです。 「大学だけがすべてじゃない」といわれるかも知れません。 それはその通りです。大学だけがすべてじゃないです。 しかし、大学行きたいという希望を持つことは悪いことなのですか? たとえ悪いことだとしても、大学行きたい人間を教師がやめさせる権利があるんですか?
まあこんなとこで。 日教組は諸悪の根源なんかではありません。 ただ、「教育の荒廃の一因」であるだけで、それ以上でもそれ以下でもないとおもいます。

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